2012年05月29日

町蒲生を歩く

先週の土曜(5月26日)、高砂市民センター主催のまちあるき企画に参加し、
蒲生地区(七北田川より北側)を歩いてきました。
いわゆる「町蒲生」と呼ばれていた地区です。

このエリアは昨年12月に災害危険区域に指定されることが条例で決まり、
住宅を建てることがかなわない地区になってしまいました。
津波でほとんどの建物が流出し、基礎部分だけが残る中、
まだ何とか「かつての街の姿」がわかるうちに、
今一度歩きながら、どういう場所だったのか振り返ろう、という趣旨のものでした。
かつてこの地区にお住まいだった方、ほかの区から現状を知りに来た方など、
たくさんの市民の方が参加されていました。
ご案内役は「岩切歴史探訪の会」の皆さんです。
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集合場所は高砂神社。
津波により本殿も拝殿も失いましたが、
今年の3月末に、兵庫県高砂市の高砂神社より「お宮」が寄進されました。
同じ名前がつないだご縁だそうです。
河北新報【お宮、兵庫から仙台へ寄進 「高砂神社」つながりで】(2012年4月14日付)
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狛犬は無事だったようです。
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日和山も津波で削られたようです。
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この日はとてもよく晴れた日で、サーファーの姿も見かけました。
この蒲生干潟の向こう側の砂浜は、
かつては海岸線が見えないくらいの高さがあったといいます。
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蒲生には昔、「舟溜り」という港のような場所があり、
そこで貞山堀で運ばれてきた物資のやり取りが盛んに行われてきました。
それが「町蒲生」が形成された一因です。

そうした町としての活気も、やはり聞かないと想像できません。
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ご自宅の跡地に、きれいにお花を咲かせているお宅もありました。
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参加者の方とお話をしながら、
やっぱり、地域ごとに個性があることを改めて感じました。
この個性は時間をかけて育まれたものです。
こうしたことも忘れてはならいないと感じました。
町蒲生11.JPG
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 20:40| 宮城野区蒲生