2012年08月17日

夏の歌津C−中山〜海水浴場〜韮の浜−

【中山】地図
名足地区より少し南下したところに中山地区はあります。
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この地区には五十鈴神社があります。
車で建物は確認できたのですが、入り口がわかりません。
近くまで来て、鳥居が倒壊していることがわかりました。
津波の恐ろしい威力を物語っています。
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【長須賀海水浴場】地図
歌津地区唯一の海水浴場です。
波音が心地よく、約2kmにわたる砂浜には静かに波が打ち寄せていました。
ただ、今年も海開きはしていません。
海までの距離が近かったのは、地盤沈下が原因だったのでしょうか。
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【韮の浜】地図
この旅の最後に訪れたのは韮の浜地区です。
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韮の浜漁港の後方に、すぐに家屋が建てられていたことがわかります。
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穏やかで美しい海と、失われた建物の痕跡。
現状では「対比」として見てしまいますが、
たしかに両者が共存していたこの地域の暮らし。
仙台から離れた場所で、ここから発信できることを考えていきます。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 16:37| 南三陸町歌津

2012年08月16日

夏の歌津B−寄木〜伊里前〜館浜〜名足−

【寄木】地図
泊まった民宿の近くの寄木漁港。
この日も波は穏やかでした。
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【伊里前】地図
歌津に来るたびに気になっていた高台の神社。
名前は「三嶋神社」でした。
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静かな境内の中には杉の大木もありました。
この高台で、幾多の災害に耐えてきたのでしょう。
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境内の奥にはけもの道が続き、
さらに高い場所へ行くことができるようでした。
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三嶋神社から眺めた伊里前地区。
ここは旧・歌津町の中心部でした。
海を渡る国道45号線は流されてしまいました。
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【館浜】地図
「お城のある浜」という由来の館浜には、かつて歌津城がありました。
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スレートの岩肌が波に磨かれていました。
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この先に「歌津魚竜化石産地」という石碑があるそうなのですが、
満潮に向けて海面が上昇している時間で、通路は海の中でした。
(地盤沈下で干潮時のみ通行可能だと聞きました。)


【名足】地図
こちらも波は穏やかでしたが、
周辺の被害状況には言葉がありませんでした。
高台の家屋にも、津波の被害は及んでいました。
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ここには不思議な神社がありました(名称はわかりませんでした)。
周辺には、たしかに様々な種・形の石がありました。
これも、この地形が生んだ固有の地域資源ですね。
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posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 南三陸町歌津

2012年08月15日

夏の歌津A−田束山〜港〜田の浦−

【田束山】地図
「海岸が一望できる」という話を聞き、
標高512mの田束山(たつがねさん)の山頂に行きました。
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とても静かな場所で、
鳥と虫の鳴き声しか聞こえません。

濃い緑の匂いの向こうに、リアス式海岸が広がっていました。
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【港地区】地図
気仙沼線の陸前港駅の姿はありませんでした。
その目の前にある港川の河口付近に漁港がありました。
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津波が遡上してきた様子を、枯れた杉が伝えます。
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漁船も何隻か集まり、
作業する漁師さんの周りにはウミネコが集まっていました。
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【田の浦】地図
時刻は夕方近く。穏やかな海が広がっていました。
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田の浦漁港にも大きな被害がありました。
こちらにも何艘か船は泊まっているものの、漁港の再開には至っていません。
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田の浦漁港が見下ろせる高台に「八雲神社」があります。
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参道の途中には、昭和8年3月に起きた「昭和三陸地震」の教訓を伝える石碑がありました。
石碑にあった言葉
『昭和八年三月三日 發震午前二時三十分
          津浪午前三時十分

 地震があったら津浪の用心
 津浪と聞いたら早く高台へ』
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これと同じ石碑が、旧・歌津町内にもう5か所建てられていました。
(伊里前川口橋右岸、中山白山神社鳥居付近、名足町道路側、石浜海岸、港川口)
他の石碑はどうなったのでしょうか。

境内は決して広くはありません。
ここにも避難した方がいるのでしょうか。
高台であっても、参道の半分は津波の被害を受けて失われています。
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境内から眺めた田の浦地区。
地名の由来となった水田も、まだ水を被ったままなのでした。
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posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 南三陸町歌津