2011年11月14日

【藤塚】自分がつくった野菜で繋がる

斎久雄さんは、藤塚でずっと農業を営まれていました。
育てることも売ることも、ご自身の手で行っていました。

IMG_1891.JPG

斎久雄さん:
「河原町の青物市場(〜1961年)にも売りに行ったんだ。
馬車で行ったり、リヤカーを引いて行ったり。
今は舗装されているけど、昔は砂利道だったからな。
2時ごろに起きないと間に合わないんだ。
帰りのリヤカーに、ばぁ様乗せていたことを思い出すね。」

「震災前までは、閖上の朝市に出してたんだ。
ひいきにしてくれるお客さんもたくさんいるし。
震災の時も、随分気にかけてもらって。
今は、野菜も買う側だもんな。
今まで野菜は買ったことなかったのにな。」


ずっと野菜を通して顔の見えるやり取りを続けてきた斎さん。
畑仕事に戻れる日を待っています。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 若林区藤塚

2011年11月07日

【藤塚】みんなで無事を祈る

藤塚には、「お夜籠もり」(およごもり)という習慣がありました。
お医者さんのいなかった藤塚。
急病が出たときは、対岸の閖上まで渡し舟でお医者さんを呼びに行っていた時代もありました。

IMG_1903.JPG

渡辺もよ子さん:
「藤塚の中で誰かが具合を悪くすると、
“どうか治りますように”って五柱神社にみんなで集まって夜に拝むの。
それが「お夜籠もり」。
随分人が集まったね。おばあさんたちが多かったかな。
拝んでもらう病人のいる家で、みんなの分の食べ物を用意したりしてね。
夏ならかぼちゃを持っていったり。
私が中学生の頃の話だね。」


夜、1人の無事を祈って行われるお夜籠もり。
こうした習慣も、地域の絆を育んできた大事な光景でした。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 若林区藤塚

2011年10月26日

第2号、できました!

『RE:プロジェクト通信』第2号、できました!
第2号表紙.jpg

今回取り上げたのは、仙台市若林区の藤塚地区です。
表紙は写真家・小野幹さんが昭和40年ごろに撮影した、
名取川を渡って閖上に向かおうとする渡し舟の写真です。
舟の上には、たくさんの人と荷物。
ほんの少し前の光景です。

★PDFでこちらからご覧になれます。
第2号〈藤塚〉 オモテ面.pdf 第2号〈藤塚〉 ウラ面.pdf

順次、市内公共施設をはじめ、
各所に配布予定です。
ぜひご覧ください。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 若林区藤塚