2012年01月10日

農作業を通した支援の形

今日の河北新報朝刊の記事をご紹介します。

◆「まけるまい!」発売 仙台の被災者 新庄で田植え
 (2012年1月10日付河北新報朝刊)
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/01/20120110t75006.htm

山形県新庄市の農家グループ「ネットワーク農縁」の皆さんが、
若林区で被災された方々と一緒に作ったお米「まけるまい!」を発売し、
売上金は「被災者が津波体験を語り継ぐ場づくりに充てる」とのことです。

農地を失った方も多い今回の震災では、
たとえ違う土地であっても、
参加された方々の「農作業ができる」という喜びは、
きっと格別だったと思います。

「今だから話せることがあると知り、
風化させないために教訓を広く伝えていくことが大事だと感じた」
とは、ネットワーク農縁の代表・高橋保広さんのコメントで、
今回の支援の形は、
被災された方と直接やりとりがあったからこそ生まれた、
オンリー・ワンの支援だと感じました。

様々な、オリジナリティあふれる支援が、
被災された方たちに温かく寄り添うことを願います。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 16:17| 地域を知るためのメモ

2012年01月05日

「いつもの作業」に戻れる日は…

本日の河北新報夕刊に、
仙台市宮城野区の岡田地区のお話が載っていました。
こちらの地域も、津波による被害が甚大だったところです。

◆仙台「岡田産みそ」復活へ 津波被災の加工場移転
 (2012年1月5日付河北新報夕刊)
 http://www.kahoku.co.jp/news/2012/01/20120105t15033.htm

『RE:プロジェクト通信』第3号で取り上げた「三本塚漬物クラブ」のお母さんたちも、
加工場をつくって、
自分たちの畑で作った野菜を漬物や味噌に加工していましたが、
3月11日の津波により、
畑は瓦礫に埋もれ、加工場は泥水をかぶりました。
それからは、「いつもの作業」に戻れずにいます。

かほるさんの漬物加工場.JPG
*【三本塚漬物クラブの加工場】
 建物は残っていますが、背丈ほどの津波に襲われ、
 「加工場」としては使えないそうです。


取材当時、自宅の敷地内に加工場を設けていた佐藤かほるさんはおっしゃっていました。
「加工場をつくるのは大変だったの。
 許可をもらわないといけないから、設備もいろいろ必要となってくるし。
 この場所(=三本塚)がこれからどうなるのか、
 市の方針も決まらないと、
 なかなか再建に向けて動くこともできないし。」


11月の仙台市議会で「仙台市震災復興計画」が議決され、
三本塚地区は災害危険区域には指定されず、
現地再建による復興の方針が示されました。

漬物の話をするお母さんたちは、
本当に楽しそうでした。
疲れていても、
楽しさが勝って、やめることは考えたことがなかったそうです。

新聞記事の岡田地区のように、
三本塚地区でも、
再び加工場で漬物や味噌をつくることができるようになることを願ってやみません。
そして、それを実現させるためには、
きっと、「三本塚漬物クラブ」の皆さんの尽力のみならず、
新聞記事が伝えているように、
多様な主体のサポートも必要になってくるのだと思います。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 16:54| 地域を知るためのメモ

2011年12月20日

市の復興計画が動き始めます

先日の河北新報に、
第1号で取り上げた若林区・荒浜地区のお話が載っていました。

◆歴史的集落も移転対象 仙台市沿岸部・和田と荒浜
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/12/20111218t15019.htm

先日の市議会で可決された震災復興計画の下、
荒浜地区を含めた沿岸部約2000世帯が災害危険区域となりました。
今後は、住み続けることが困難になるということです。
【仙台市記者発表資料】
津波による危険性が高い地域を災害危険区域に指定しました

安全を最優先に考えた大きな決断ですが、
「住み続けたい」という住民の方の声を聞いたり、
取材を通して知ることのできた、それまで地域で育まれた生活や文化を考えると、
複雑な想いがします。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 00:00| 地域を知るためのメモ