2012年08月30日

失われる名前

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この夏は、
『RE:プロジェクト通信』の次号発行に向けて、
仙台市宮城野区の中野高松や町蒲生の方にお話を伺っていました。

たくさんの興味深いお話を聞くことができました。

中野小学校は、今よりも北のほう、
みやぎ夢メッセがある辺りに昔はありました(明治30〜昭和45年ごろ)。
その頃は、小学校を囲む周辺の地域を、
甲区・乙区・丙区・丁区・戊区と呼んでいたそうです。
戊区(ぼく)と呼ばれていたのは今の中野高松地区周辺で、
「戊区」はなかなか読みづらい/書きづらいということで、
今では「港」と呼ばれるようになり、
町内会の名前も「港町内会」になっています。
※しかし、実際の住居表記で「港」というと、
 仙台新港の辺りを指します。

屋号も面白かったです。
「○○左衛門」「○○べぇ」など聞きなれたものではなく、
「あそこには疎開に来ていたおばさんがいるから」ということで「疎開おばさん」、
「あそこの家はモーター付きの船を持っていたから」ということで「モーターおんつぁん」など、
そこに暮らしていた方々の生業や人となりが分かるような呼び名で、
まるでその方が今でも街の中で生きているような雰囲気を、
取材させていただいた方々のお話しぶりから感じました。

こうした呼び名や名前も、
地域がつないできたことの一つなのだと実感しました。

「ここは昔、こうだったんだよ」
という話が家族や地域の中で伝えられなくなっていくということが、
これからは各地で起きてくるのだと思います。

「人が住めなくなる」というのは、そういうことなのだと思いました。
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 13:53| 宮城野区蒲生