2011年07月29日

田んぼのカタチ

先日のエントリーで「RE:プロジェクト」で取り上げる地域をご紹介しましたが、
この地域が田畑として開拓され、人々の暮らしが営まれるようになったのは、
1640年(寛永17)から1643年(寛永20)まで実施された「寛永検地」によって、
新田開発がなされるようになってからです。

※それ以前にも人々が暮らしていた痕跡はあります。
 しかし、死者が1783名にも及ぶ1611年(慶長16)に大地震によって、
 それまでの暮らしは一度失われてしまいました。


新田開発から再スタートしたこの地域の農業は、
時代が変わっても「仙台の食を支える」という意味では、
ずっと変わらずに在りました。

民俗研究家の結城登美雄さんから聞いた印象的な話があります。

昭和40年代から、農業機械の普及や用排水設備の向上に伴い、
規模の小さい田んぼや水はけの悪い田んぼが一斉に整備され、
地域一帯の田んぼが画一的な形へと整備されました。
それまでは、バラバラの、開墾当時の様子が垣間見えるような形の田んぼ。
しかし、整備されたことによって、どこを見ても同じような景色になってしまったのでした。

そんな中、結城さんたちが昭和37年頃の地図を手に入れ、
そこから田んぼの形をトレースし(畳3畳分もあったとか!)、
農家の方たちに見せたところ、大興奮!!
田んぼの形を見ただけで、誰の家の田んぼか分かったのだそうです!
かつての田んぼの形を懐かしがりながら、
当時の農作業の思い出話で盛り上がったとのこと。

自分の家の田んぼも、人の家の田んぼも、形で分かる。
「地域に生きる」ということを考えさせられました。

※ちなみに、かつての「田んぼの形」は、
先日ご紹介した『ふるさと七郷 もうひとつの仙台』でご覧になることができます。
これで分かるなんて、本当にびっくりします!
posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 16:16| 地域を知るためのメモ