2014年10月23日

ところで、ハツキネモチとは?

昨日のブログで「はて、ハツキネモチとは…?」となった方も多いはずです。
「ハツキネモチ」とはもち米の品種の一種ですが、開発されたのは40年以上前で、今は品種登録から抹消されています。40数年前にハツキネモチを育ててみようと取り寄せたよしおさん。あまりの美味しさに感動し、それから自家採取で大事に毎年育ててきたそうです。
よしおさんから「もう一度食べてみたいんだ」という話を聞いたことから始まったハツキネモチ探しの顛末。昨年ツイッターで報告していた文章の再掲です。どうかご一読ください。一人の思いから始まった「あるもち米をめぐる物語」です。

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【あるもち米をめぐる物語@】きっかけは、荒浜で農業を生業として暮らしてきたよしおさんの言葉でした。「“ハツキネモチ”がうまいんだ」。聞いたことのない名前。農業に詳しくない私は、昔の思い出話だと思って聞いていました。

【あるもち米をめぐる物語A】よしおさんは“ハツキネモチ”の話をいろんな方にしていました。その中のおひとり、川崎市のNPO法人アルデンテの代表で造形アーティストの矢野トンプーさんが「うまい!」という言葉に惹かれて、ハツキネモチの話をよしおさんから詳しく聞き出しました。

【あるもち米をめぐる物語B】“ハツキネモチ”はもち米の一種でした。よしおさんは、40年以上前に雑誌で紹介されていたハツキネモチを興味本位で取り寄せたところ、大変美味しいもち米になって、それ以来ハツキネモチの虜に。毎年、自家採種によって収穫するようになりました。

【あるもち米をめぐる物語C】大事にしていたハツキネモチの種籾は、東日本大震災の津波により流出してしまいました。弾力があって、ふわふわ美味しいハツキネモチが忘れられないよしおさん。何とか手に入れようと各所に問い合わせ たところ、もう流通していない品種となったことが分かりました。

【あるもち米をめぐる物語D】昔、「すごく美味しいもち米だから」と種籾を分けた親戚や知り合いに聞いてみても、やはり津波で流されたり、もう育てていなかったり。ハツキネモチの種籾を再び手に入れることは困難を極め、よしおさんは半ば諦めていました。

【あるもち米をめぐる物語E】そんな時にトンプーさんに語ったハツキネモチの味。トンプーさんはさっそく県の古川農業試験場に問い合わせました。そして、いくつか農業試験場を紹介され、やっとたどり着いたのが福井県の農業試験場でした。

【あるもち米をめぐる物語F】福井県農業試験場にハツキネモチはありました。保存用の種籾で、冷凍の状態でした。トンプーさんから相談を受けた私たちは、ハツキネモチから、ハレの日には餅を食べて祝ってきた仙台平野の食文化を発信できるのでは、と感じました。

【あるもち米をめぐる物語G】私たちは無理を承知で福井県農業試験場にハツキネモチの種籾を分けていただけるよう、手紙を書きました。冷凍保存で数量も少ないにも関わらず、福井県農業試験場の皆さんは快くハツキネモチの種籾を分けてくださいました!

【あるもち米をめぐる物語H】昨日届いたハツキネモチの種籾です。よしおさんが会う人たちに何度も何度も語った、忘れられなかった味。

【あるもち米をめぐる物語I】さっそくよしおさんに届けました。「あや〜、ほんとにあるんだなぁ!」毎年楽しみに育てていたもち米の種籾が、福井県から届いたこと。何人もの方のご協力とお知恵のおかげで、再びよしおさんの手にハツキネモチが戻りました。

【あるもち米をめぐる物語J・終】「おれの宝物なんだ」とよしおさんは語ります。みんなの縁がつながって取り戻した、荒浜のオモイデゴハン。早く、食べられる日が来ることを願っています。そして、ハレの日のオモイデゴハンを食べる日まで、RE:プロジェクトとして見守っていきたいと思います。

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posted by 公益財団法人仙台市市民文化事業団 at 11:43| 日記